ある個人が、それも、女性がその第1頁で論じられるのは、アメリカ文学史の通例で あるが、しかし、この通例が、他国の文学史ではほどんどあり得ない驚くべき事実と して、ここであらためて強調してよいだろう。アメリカは、ヨーロッパの古い伝統を 断ち切って近代的なもののみを移植し純粋培養した点に、そのアイデンティティがあ り、したがって、その文学もまた、近代文学の特質を秘めている。作者不詳ないしは 男が司ってきた他国の文学伝統とまったく異なり、アメリカ文学は、神話でも歌でも 舞踊でもなくて、個人による創作でその歴史を始めた。そして、本国のロンドンで出 版されたアメリカ人による初めての創作は、女性によるものであった。これは、もち ろん、アン・ブラッドストリートの『第10番目の詩神』(1)を指しているのだが 、この後、詩や小説を含めて女性の作者が輩出されるアメリカの20世紀を望見する ところに、アメリカのアメリカたる所以のひとつがある。 1 評価における矛盾と対立 アン・ブラッドストリートが女であるために、現在、フェミニスト的な解釈が多く見 られるようになった。これは、傾向として大きく2つの極端な方向に分かれるようだ 。(2)ひとつは、批評や論文になりづらい考えだが、夫に従って生きた典型的に古 風な女性のひとりとブラッドストリートを見なして、評価しない、ないし、無視する 傾向である。もう1つは、かなりうがった解釈だと言ってよいだろうが、論理を逆立 ちさせて、ブラッドストリートを積極的に評価しようとする傾向である。たとえば、 アン・スタンフォードやウェンディ・マーティンなどは、ブラッドストリートを当時 支配的であった男性中心主義のエートスへの抵抗者と見なすことによって、フェミニ ズム的な観点から、彼女の創作を救出しようとしている。(3)彼女たちの主張を言 い換えながらまとめると、女が書くことを忌み嫌う当時のピューリタン社会に暮らし ながら、詩作を行うだけでなく発表することさえできたのは、ブラッドストリートが ピューリタン的な基準に合わせる、いわば、偽装を行っていたたためであり、この偽 装を支える、ブラッドストリートの創作活動の根本には、男性支配の社会構造への反 抗があり、権力者や男性の権威への怒りがあると解釈する。 たしかに、ブラッドストリートには、男たちが女たちを貶めてきたことへの怒りやサ タイアがある。しかし、それらは、19世紀の男性文学者でさえ気付くほどあからさ まなことであり(4)、とりたてて指摘することで、かえって、歴史的な文脈からこ の詩人を切り離してしまう危険を犯す必要があるのだろうか。少なくとも、当時の男 たちは、こうした反権力、反男性的な要素を反社会的なものと見なしていなかったか らこそ、出版に及んだのであろうし、また、出版後は、大いに受け入れたのであろう 。もしも、ときおり彼女の作品中に示される内的な葛藤や反正統的な考えが、時の権 力者たちによって反社会的だと見なされるのなら、当然、検閲や出版妨害などの処置 がとられていたか、それとも、もっと巧妙に彼女は、それらを隠していただろう。実 際には、死後に、訂正拡大された第2版が出版されている。 テレシア・ニコレイなどは、ブラッドストリートをピューリタン的な信仰に心身とも 捧げていた女性であり詩人であると考える。(5)あるいは、ロバート・リチャード ソンによれば、ブラッドストリートは、世俗的な生活と精神的な生活の間でピューリ タンたちが経験するような葛藤を描こうとしていると言う。(6)こうした考え方は 、単に穏やかだというだけでなく、当時の事情を勘案すれば、概ね妥当なものであろう。 一見すると矛盾に見えるこうした対立的な意見が生じるのは、ハモンドによれば、ブ ラッドストリートの責任ではなくて、むしろ、20世紀読者のせいであると断言する 。対立項をみずからのなかで解決できない者が、ブラッドストリートにおける信仰と 疑惑の表面的な揺れを、矛盾とか未解決とか見なしているにすぎない。ハモンドは、 ブラッドストリートの作品や散文に見られる反宗教的な言辞や感情が実は、当時の言 説のなかに納まるものであり、ピューリタン社会にとって受容可能であったと断言し ている。(7)このハモンドの主張を大枠として受け入れるなら、アン・ブラッドス トリートがいかなる方法で正統派たり続けたかは、『第10番目の詩神』以降の主た る作品の分析をとおして明らかになるはずであろう。(8) 2 ピューリタニズムにおける宗教的な疑問の正統性 2 懐疑と正統 1630年代のアメリカン・ピューリタニズムにおいて特に重要なのは、「回心の儀 式」であるが、この「回心」とは、文字どおりには、方向を変えること、ないし、転 回点を意味する。異教徒や不信仰者が回心するとは、キリスト教の信仰を受け入れる ことを意味し、既に洗礼を受けているクリスチャンが回心するとは、単なる形式上で はなくて心から信仰を受け入れ、正しい道に戻ること、ないしは、罪人が神から離れ ていた後に、神のもとへと戻ってくる行為を意味する。(9)ピューリタンは、人間 一般を罪人とみなし、その中で許された者にだけ回心が起こり、神との結合を許され ると考える。ただし、いかに許されるのか、いかにして許されたかどうかが分かるの か、許されると、この世での生活は、どう変化するのか、さらには、許されたはずな のに、なぜ、繰り返して、「備えの瞑想」を行わなければならないのか、などの疑問 についての超歴史的で絶対的な答えはない。アメリカン・ピューリタン正統派が形成 した当時の選民たちの教会は、全ての教会員の内面的な精神のあり様を試すことがで きるし、また、そうすべきであると考えていた。こうした、真の回心と誠の救済への 信仰を持つという証拠を要求して、経験を試すために、「回心の儀式」があった。( 10) 「回心の語り」の類型は、以下のようになっている。初めの無知と自己欺瞞から、き ちんとした知識を手に入れることにより、罪への激しい悲しみ、悪魔や異教の中で死 ぬことへの恐怖のほうへ進む。魂は、説教されたり読まれたりした言葉を拠りどころ として、神からの密かな援助の微光を捉え、その甘美な援助の手と幻滅への不安の間 で揺れ動く。いったん、義務を怠ったりすると、その罪悪感に悩み、キリストに全て を投げ出したいと願う。けっきょく、絶望の淵から、わずかな希望の光を手がかりに して、神の方へ進み、最後には、常に変わらない神に心のやすらぎを見出す。(11) アン・ブラッドストリートの示す宗教的な疑いや自己嫌悪も、この「回心の語り」の 大枠から外れることはなく、すべてがこの中に回収されてゆくと言ってよい。基本的 に、ブラッドストリートは、イギリスで教育を受けて知的でありながら、『聖書』の 説く伝統的な女の仕事を、じぶんの仕事として受け入れている。政治的な思想をみず から持つことはない。あるいは、持つとしても、当時の大勢と同意見であり、なんら 革新的なところはない。たとえば、アイルランドの占領を称揚する。(12)男たち に従うことに、なんらの不満も不安も感じない。たとえば、父を称揚して謙遜する。 (13)夫が帰ってくることだけを望んで生きている。(14) 詩作品「瞑想」や「疲れたピルグリムが」(15)などを読めば分かるとおり、彼女 は、正統なヒピューリタンだとみなされる。もちろん、彼女が疑いを示すこともある が、これ自体、正統なピューリタン的信仰として位置づけることができる。なぜなら ば、前述のようにピューリタニズムで自らを疑うことは、重要な宗教的モメントのひ とつであったためだ。彼女は、自己嫌悪さえ示すことがあるが、自己嫌悪もまた、す ぐれてピューリタンの特徴のひとつであった。(16) とりわけ興味深い例は、「わたしの大切なこどもたちへ」という散文である。これは 、じぶんの子どもたちへ遺書の形で、じぶんの一生を振り返って記した反省の記であ るが、彼女は、率直にじぶんの疑いや自己嫌悪を明らかにしている。 よく当惑したのだが、わたしは、宗教的な実践のなかの絶え間ない喜びや安らぎを見 いだせなかった。たいていの神の使徒ならば、そうしたことを感じているのでしょう が。・・・ 『聖書』が真実か否かをめぐって、よく悪魔がわたしを困らせた。あるいは、無神論 によって、よく、どうやって神がいることが分かるのだろうと考えた。わたしは、奇 跡を見たことがないので確信できなかった。わたしの読むものがただのまやかしでは ないとどうやって分かるのでしょうか。(17) 実に率直に、『聖書』への疑いや信仰確信への躊躇が表明されている。彼女は、こう した躓きの石を、いかにして、克服したのであろうか。 3 自己説得としての著作活動 3 世俗と信仰 アメリカ植民地時代、女は、たいていの局面で男に劣るとされていたが、救済や恩寵 の機会に関して、ピューリタニズムは、男女に差別をつけなかったと言われる。(1 8)したがって、容易に推測できるが、たいていの宗教的な疑いは、回心の儀式に回 収されたり、時の牧師や精神的・権力的に優位に立つ者の言説に説得されて解消され たであろう。しかし、アン・ブラッドストリートは、違った。彼女は、じぶんでじぶ んを納得させる必要を感じていた。先に述べた疑いを克服するための彼女の論理は、 理性への信頼であった。ア・プリオリに、あるいは、奇跡を介在させて、神の存在を 受け入れるのではなくて、疑いを疑いとして徹底させることで、神の存在に目覚めた 。森羅万象の存在や日々の賄いが人間に与えられている、その根本理由を「永遠の存 在」とせざるを得ないと、彼女の理性が諭す。もちろん、創造者としての「神」を認 めつつ、創造後はなんらの干渉も「神」は行わないし、したがって、啓示も奇跡もな いとする理神論ではないが。(19) では、この「永遠の存在」が、なぜ、彼女の信仰するような「神」であるのだろうか 。これに対する彼女の答えは、それほど説得的ではないが、「神」の言葉以外に天地 創造を語る物語がないし、その中で語られた予言が実現されたりしているためだと述 べる。では、カトリックの人たちの「神」とどう違うのだろうか。彼女は、大胆にも 、「同じ神、同じキリスト、同じ言葉」だと断言する。違うのは、ただ、解釈である 。「彼らは彼らなりに解釈し、わたしたちは別の解釈をする」。(20) 17世紀アメリカ植民地時代において、この理性による神の存在確信は、ある種の誤 解を引き起こすかもしれないほどに新鮮である。なぜ、彼女は、これを胸の内の議論 として収めずに、子供たちへの遺言としたのだろうか。これへの答えとして、少なく とも、4点を指摘すべきだろう。まず、アメリカ詩人に追底する教育者の側面を見て よい。伝統的に、書くことが教えることであり、読むことが習うことであったことは 一般的に指摘されているが(21)、とりわけ、ピューリタン社会において、女は、 母として子供を教育する立場にあった。(22)家事とともに、この教育の役割が、 家庭内での女の仕事であると明確にされてゆく中で、近代的な結婚観・家族観が確立 してゆくのだろう。 第2に、そもそも書くことの重要性である。これは、文字の権威への依存と言い換え てもいい。こと、『聖書』を第一と考える者たちにとって、文字化が永遠を保証する という思いは、当然の推論である。あのアン・ハッチンソンの裁判で明らかになった ことは、正統派ピューリタンが神の声ではなくて、神の文字を信じていることであっ た。ピューリタンには、『聖書』の字義的な解釈や、書かれた文字への信頼がある。 同様に、アン・ブラッドストリートにも、子どもたちへの書き置き、夫への書き置き などから判断できるように、言語化され、かつ、文字化されたものの永遠性を信ずる 面があると言えよう。 第3に、とりわけ、彼女にとって、著作は、信仰を保障する行為であったと指摘でき よう。たとえそれが結果として、いわゆる正統派の考えと同じになろうとも、じぶん で納得することが個人的な性癖として必要であったとすれば、その納得を納得として 現実化するのが、著作であった。1661年5月11日付けの短文(23)の中で、 「主よ、全てを知ろしめすあなたは、ご存じでしょうが、わたしは、わたしの感謝を 言葉だけではなくて行為によって証したいと望んでいます。どうか、わたしの行いは 、あなたへの誓いがわたしに置かれていると語りますように」と述べた後に、彼女は 、各連4行からなる全6連の詩作品を始める。その中で「病や死や苦痛から救ってく れた」神を讃え神に従う旨を記すのだが、この短文と詩作品との関係を考えるならば 、彼女が短文で意味した「行為」とは、韻文を書く行為に他ならないと言えよう。 最後に、この文章が子ども宛であることから考えて、生き残る子どもたちへ、死後も 、母の権威を確保して影響力を与えたいという欲望の現れと考えていいかもしれない 。ロイ・ハーヴェイ・ピアスが指摘しているが、アメリカ詩の衝動として、アンティ ノミアニズムがあったし、それは、正統派ピューリタンと判断されているアン・ブラ ッドストリートにさえ見られると言う。(24)この具体的な内容として、俗世への 執着が指摘されるべきだろう。 ピューリタン的な考えによれば、結婚さえも、死の時点で解消されるのであった。結 婚とは、この世のみのものであり、死後においては、魂のいかなる結合も、もはや、 効力を失う。人は、この世に属するものを愛しすぎてはいけないのだし、夫や子ども を失う際の、あまりにも行きすぎた悲しみは、神の命に反することとなる。(25) ところが、ブラッドストリートは、「子供たちに関して」(26)において、永世を 子もたちの生命に見るとまでは言わないにしろ、じぶんが子どもたちの中に生きると 表明したり、あるいは、「彼女の子供が産まれる前に」(27)では、じぶんが産褥 において死ぬかもしれないという想像の下に、夫へ言葉を残す体裁を取りながら、子 どもたちのことを心配し、継母から子どもたちを守るようにと、夫に依頼している。 そこに、死んでゆく女の、この世への執着と、夫の次の妻への嫉妬とを読みとること が可能であろう。したがって、いかにして、俗世に余り執着してはいけないと説くピ ューリタニズムの教えと調和するかが、ブラッドストリートの著作で問題となってくる。 4 人称詞のトリック:「回心の儀式」へのアイロニー アン・ブラッドストリートの作品の中でもっともよく知られている「わたしの大切な 愛する夫へ」(28)のなかにも、あるアンティノミアニズムを見て取ることができ る。それは、回心の儀式へのアイロニーと、断言による救済の確信である。 もしも2つが1つであるならば わたしたちがそうでしょう もしも夫が妻に愛されるとすれば あなたが そうでしょう もしも妻が夫といっしょにいて 幸せだとすれば さあ あなたがた女のひと できるものなら わたしと較べて わたしは 世界じゅうの金鉱や 東洋にある 全ての富よりも あなたの愛を 大切に思う わたしの愛は 激しくて 河の流れも 消せず あなたからの愛以外つり合うものがありません あなたの愛は わたしがどうやっても報いることができないほどで 天が いろんな形で あなたに報いるようにと わたしが祈ります ですから わたしたちが生きるかぎりは 愛に生き続け もはや わたしたちが生きないなら わたしたちは 永遠に生きましょう ここでの代名詞の使い方に注目するならば、この作品は、単なる語り手の夫に対する 個人的な愛情告白ではなくて、むしろ、結婚生活における愛を公的に宣言した作品で あると言える。これまでのどの解釈も、なぜ、語り手の夫が「あなた」と2人称で語 りかけられながら、しかも、「女たち」もまた、「あなたがた」と2人称で呼ばれる のかを明白にしてこなかった。この問いは、たとえそれが彼女の想像力のなかで行わ れているとしても、設定として、夫が「女たち」と同じ場面にいると考えることで解 決するだろう。語り手は、「女たち」の面前で、夫に「あなた」と呼びかけ、また、 じぶんたちのことを「わたちたち」と見なしているのだ。 もしも、この解決が正しいのであれば、アン・ブラッドストリートは、この作品の設 定を公的な集いとして、われわれ読者に示しているのかも知れない。さらには、彼女 がこの公的な集いにおいて、ためらうことなく、個人的であると判断できる夫婦間の 愛を告白している点を強調するなら、先ほど説明した「回心の語り」へのほのめかし を読みとってよいだろう。なぜならば、女たちが日常的に集う場しょとは、とりもな おさず、教会であったはずだから。彼女が大衆の面前で、夫との一体感を強調し、他 の人びとを説得するというよりも、じぶんたちの愛が最高であると「さあ/あなたが た 女のひと わたしと較べて」と命令し、さらには、永遠における救済を確信しつ つ言及していることなどは、もはや告白というよりも、挑戦であり宣言であるという べきだろう。したがって、「回心の儀式」へのほのめかしとは、とりもなおさず、そ れへのアイロニーなのだ。また、「わたしたちは 永遠に生きましょう」という呼び かけの言い方で、祈りというよりも、躊躇なく永生の確信を示す点で、正統的なピュ ーリタニズムからはみ出す可能性をはらんでいる。 5 人称詞のドラマ:自己分割による正統回帰 「わたしの大切な愛する夫へ」と同様によく読まれ、また、愛されている彼女の作品 「火事の後に」(29)においては、彼女は、正統的な考えを初めから受諾している し、また、最終的にも受諾するが、しかし、みずからの選択として受諾へ向かうには 、どうしても言語による自己説得を必要とした。これが、タイポロジカルな構成とし て彼女の詩作品を特徴づける。この「火事の後に」が、もしも宗教的考えのみを表す ためだけにあるのなら、冒頭から20行目までで、この作品は終わってよかった。 静かな夜 わたしが休んでいると 悲しみなど そばに見えもしなかったが 起こされてみれば 耳を聾する騒ぎがあって あの恐ろしい声で 痛ましく叫んでいた でも「火事だ、火事だ」と叫ぶ恐怖に満ちた音が どうか わたしの欲望であると誰も気づかないように わたしは飛び起き 火を見て わが神に わが胸が叫んだ どうか 悲しみの中でわたしを力づけてくれるよう どうか わたしを見捨てないようにと それから 外に飛び出すとすぐ 炎がわたしの住まいを焼け尽くすのを見た 家が跡形も無くなったとき わたしは 与えては奪ってゆく神の名を わたしの品々を灰燼に帰した者の名を讃えた ええ そうなのです それが正しいのです あれは 神のものでした わたしのではありません わたしが文句を言うなんて とんでもない 神は 正しく 全てを奪い去ってもよかったのに なお十分なものを わたしたちに残している (1ー20) ここまでで、ピューリタン的な考えを示して余りある。だが、ほんとうにここで終わ っていたのならば、20世紀も終わろうとする今、わざわざ彼女の作品を読み直す価 値はない。むしろ、この正統的な宗教観を提示した後、なお納得できない個人的な声 が出現する点に、アメリカにおける新しい文学の誕生を確認すべきだろう。この声は 、実は、すでに第5、6行目でも<「火事だ、火事だ」と叫ぶ恐怖に満ちた音が / どうか わたしの欲望であると誰も気づかないように>に示唆されているのだが、「 欲望」は、所有欲、自己愛、この世のものへの執着と言い換えてもよい。この「欲望 」と「正義」とをめぐるドラマが以下に展開する。決着は、もちろん、「正義」の勝 利に終わるのだが、このドラマの中で注目すべきなのは、自我の分割による「わたし 」と「おまえ」という人称詞のあいだの愛と諭しの緊張である。 焼け跡のそばを通り過ぎるたびに わたしは 悲しげに横目で見る そして そこここに かいま見るのは わたしが座ったり しばし休んだりした場所でした ここには あのトランクがあったし あそこには あのタンスがあった そこは わたしが一番大切にしていた宝物があった わたしの楽しい持ち物が灰となり もう わたしは 何も見ることができない もう おまえの屋根の下に お客が座らず おまえのテーブルで 食事をすることもない もう楽しい話が 語られず 昔繰り返した話ができない 蝋燭も もう おまえの中で燃えないだろうし 花婿の声も もう 聞こえないだろう 沈黙の中に おまえは これから住むのだろう さようなら さようなら すべては虚しい (21ー36) この引用で、「おまえ」の指示する内容は、じぶんでありながら、「家」でもある。 したがって、ここに、女の意識に前提として潜む「わたし=家」という考えや、女が 母であり、家そのものであるという思いがあからさまに出ている箇所として興味深く 読んでもよい。作品中の「わたし」は、悲しみにふけっている。失ったものを心から 惜しんでいる。彼女の心には思い出が溢れてきて、かなり否定的な意味で、全てが虚 しいと断言する。この後に、何が起こるのであろうか? 彼女は、人称詞によるトリックを用いて、おのれの救済へと向かうのだ。「おまえの 屋根」や「沈黙の中に おまえは これから住むのだろう」で呼ばれる「おまえ」と は、繰り返すが、「わたし」のことであった。いったい、だれが、このように、じぶ んを「おまえ」と呼び返す地平に立つことを許したのであろうか。ギリシャ神話のナ ルシスの話を思い出すなら、水面や鏡など反射する物であってよい。しかし、ブラッ ドストリートの場合には、神であった。 それからすぐに わたしは わたしの心をしかり始めた だって おまえの富は この世にあったのだろうか おまえの希望を 朽ち果てる塵埃に置いていたのか ・・・ おまえは 天上の高みに立つ家を持っている それは あのしっかりとした建築家に枠取られ 栄光で豊かに飾られている この世のほうは すぐに取り払われるかもしれないが あの家は 永遠に建つ ・・・ 富は十分にあるのだから 何ももう わたしに必要ない さようなら わたしの泡銭よ さようなら わたしの蓄えよ この世を もはや わたしに愛させないで わたしの希望や財産は 天上にあるのだから (37ー最終行) 作品中の「わたし」は、「わたしの欲望」(5ー6行目)を隠しておかねばならない ので、初めは、公式見解を述べている。もちろん、隠しておかねばならないと言明す ることで、実は、露見させているのだが。この「欲望」は、21行目以下で分かると おり、焼け落ちた家の跡地を通り過ぎる度に、彼女の心の中に悲しみと思い出をこみ 上げさせる。彼女は、家が焼け落ちて財産や家具、宝物が失われるのを、正直に悲し んでしまう。「わたし」は、だが、その一方で、神の計らいを恐れているし、この世 の全ての財産は全て、神に属することも知っている。そこで、失った財産を嘆くじぶ んをカモフラージュして、むしろ、神の側に立って神の計らいを知らしめるために、 第37行目で「わたしの心」を「おまえ」と呼び直して叱られ役とし、「わたし」そ のものは救済してゆく。この手順を、わたしたちは、自己分割による正統回帰と名づ けてよいだろう。なぜならば、第2人称「おまえ」は、それまで財産の喪失を嘆いて いた「わたし」の分身に他ならないのだから。「おまえ」の導入によって、個人の欲 望・物欲・悲しみを、「おまえ」が「わたし」に代わって引受けているので、「わた し」は、これを叱り、ピューリタンの公式見解を伝え、神の計らいを全て、神の恩寵 として受け入れるようにと第2人称へ命令することで、結果として、第1人称が神の 側に立ち、最終的な神との合一を暗示する。これを、あるいは、自己内の対話と言う べきだろうか。最後、未練を残しつつも、神のもとへ復帰する。 以上の事情を逆にとらえるならば、最終的には切り捨てて行く、他者としての「おま え」の出現のためには、「彼=神」が必要だったと考えることが出来よう。本来ある べき自己は、単なる対立や葛藤から導き出されるのではなくて、しかるべき拠りどこ ろが既にあることを、その条件とする。すなわち、神の定立を前提とすることによっ て、〈他者〉を自己のなかに確立する道が開けるのだ。ここでいう〈他者〉とは、じ ぶんと異質でありながら、じぶんの中に存在する者を意味する。この〈他者〉は、正 義の在処を不問にすれば、じぶんと同様に自由で対等である。対等であるからこそ、 すでに14ー20行で確認されているはずのピューリタン的な公式見解を、最終部分 でも繰り返さざるを得ない。この反復によって、内面の葛藤を宥めや諭しとして昇華 してゆく。同時に、ピューリタン的なタイポロジーの発想を現出させている。(30) たしかに、アン・ブラッドストリートの創作は、世俗と聖なる救済のあいだにおける 葛藤であると、あらためて確認してよいが、神の教えに復帰することを最終の到着点 として、初めから、思い描いているからこそ、彼女は、思う存分に、失われた財産へ の嘆きや悲しみをうたえたし、「夫への手紙」(31)で分かるように、神に許され た結婚制度の中だからこそ、思う存分に、セクシャルな表現も出来たのだと指摘でき る。しかし、これは、真理の一面にすぎない。もうひとつの面は、最終目標がじぶん の中で了解されていながらも、つねに、目標に向かってゆくことを試みなければなら なかったほどに強い彼女の世俗的な欲望であり、この欲望を「おまえ」と定立してい かに宥めるのかが、彼女の創作の原動力のひとつであった。 6 現代を照射するブラッドストリート ここで解明した「わたし」、「おまえ」、および、「彼=神」の3極構造は、矛盾を はらんでいる。精神病理的に言えば、西欧において多い精神分裂症の原義を、この作 品は、原理的に説明しているとも言えよう。また、19世紀ホイットマン詩学におけ る第1人称と第2人称のドラマを予見しているのかもしれない。あるいは、宗教的な 空間を考えてみると、「わたし」と「おまえ」は、この地上に存在し、「彼=神」は 天上にいるのだろうが、その3者を同時に設定し得るということは、同じ位相の空間 に3者が属しているということでもあるから、もしも、「わたし」がほんとうに「彼 =神」と合一を果たせると考えるのならば、あと一歩で、<神=人>説へ向かうこと になるだろう。そして、この説は、最終的には、前提であったはずの神の否定を孕む 恐れがある。もちろん、この一歩は、大胆でかなり勇気の必要な一歩であるから、実 際にこの一歩を踏み出す者が出現するには、あと、200年ほどを待たなければなら なかったが。 -------------------- 注 (0)アン・ブラッドストリートの作品はすべて、Anne Bradstreet,The Works of A nne Bradstreet, ed. Jeannine Hensley ( Cambridge: Harvard UP, 1967)から、WAB と表記されて、引用される。 (1)1650年にロンドンで出版されたこの詩集の正式な名称は、Tenth Muse Lat ely Sprung Up in America:である。(Cf. Anne Bradstreet, The Tenth Muse (1650) and, from the Manuscripts, Meditations Devine and Morall together with Letters and Occasional Pieces, Facsimile Reproductions ed. by Josephine K. Piercy (Delmar, NY: Scholar's Facsimiles and Reprints, 1978)。 (2)詳しくは、Raymond F. Dolle, Anne Bradstreet: A Refrence Guide, (Boston : G.K.Hall, 1990)を参照のこと。 (3)Ann Stanford, Anne Bradstreet: "Dognatist and Rebel,"New England Quart erly 39 [1966], 373-89; Wendy Martin, An American Triptych, (Chapel Hill: U of North Carolina P, 1984) 4-5. (4)Cf. Moses Coit Tyler, A History of American Literature: During the Col onial Period 1607-1765 (1878), (New York: The Nickerbocker P, 1904) 291. (5)Theresa Freda Nicolay, Gender Roles, Literary Authority, and Three Am erican Women Writers: Bradstreet, Warren, Ossoli. New York:Peter Lang, 1995. (6)Robert D.Richardson, Jr., "The Puritan Poetry of Anne Bradstreet," in The American Puritan Imagination: Essays in Revaluation, ed. Sacvan Bercovitch, New York: Cambrigde UP, 1974: 107-122. (7)Jeffrey A.Hammond, Sinful Self, Saintly Self: The Puritan Experience o f Poetry, Athens and Lond Terms, History, Biography, etc, etc. ( London: Cassell & Co., 1891). (10) Edmund S. Morgan, Visible Saints: The History of a Puritan Idea (Ne w York: New York UP, 1963), 64, 96-98. (11) Morgan, Visible Saints 69, 88-91; Patricia Caldwell, The Puritan Co nversion Narrative, Cambridge: Cambridge UP, 1983), 1-3. (12)「エリザベス女王を讃えて」( "In Honor of that High and Mighty Princ ess Queen Elizabeth of Happy Memory,"WAB 196) (13)「最も高貴な父へ」("To her Most Honoured Father Thomas Dudley Esq. These Humbly Presented,"WAB 13)。 (14)「英国へゆくわたしの大切な愛する夫へ」("Upon my Dear and Loving Hus band his Going to England Jan. 16, 1661," WAB 265)。 (15)"Contemplations" WAB 204-14, "As Weary Pilgrim" WAB 294-95. (16)David Leverenz, The Language of Puritan Feeling: An Exploration in L iterature, psychology, and Social History, (New Brunswick, NJ: Rutgers UP, 1980) 153. (17)"To my Dear Children" WAB 243. (18)Nicolay 19。 (19)Cf. "deism" in Encyclopedia Americana, CD-ROM, Danbury, CT: Glorier Electronic, 1995. (20)WAB 243-44. (21)Willard Spiegelman,The Didactic Muse: Scenes of Instruction in Conte mporary AMerican Poetry, (Princeton: Princeton UP, 1989) 6. (22)Hammond 93-100. (23)WAB 259-60. (24)Roy Harvey Pearce, The Continuity of American Poetry (Princeton: Pri nceton UP, 1961), 41. (25)Edmund S.Morgan, The Puritan Family: Religion and Domestic Relations in Seventeeenth-Century New England, (New York: Harper and Row, 1966) 48-49; Ann Stanford, "Anne Bradstreet: Dogmatist and Rebel," Critical Essays of Anne Bradstreet ed. Pattie Cowell and Ann Stanforded., (Boston: G.K.Halls, 1983) 81. (26)"In Reference to Her Children" WAB 234. (27)"Before the Birth of one of her Children" WAB 224. (28)"To My Dear and Loving Husband" WAB 225. (29)"Here Follows some Ferses upon the Burning of our House July 10th, 1 666. Copied out of a Loose Paper," WAB 292-93. (30)タイポロジカルな反復は、「瞑想」("Contemplations," WAB 204-14)や「孫 エリザベス・ブラッドストリートの思い出に」("In Memory of my Dear Grandchild Elizabeth Bradstreet, Who Deceased August, 1665, Being a Year and Half Old," WAB 235)などにも見られる。 (31)"A Letter to her Husband, Absent upon Public Employment," WAB 226。
2013年4月4日木曜日
アン・ブラッドストリート、または、ピューリタ ンの性と回心(『文学批評のポリティックス』 所収)
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